しかたないのはわかる。
施設へ入所してから5年。
その間実家に
帰ったのは数回。
父親と最後に会ったのが2年半くらい前。
施設に入所する前から何十年もずっと、家の中での二人は喧嘩するのが習慣だった。
わたしの前ではわざと、喧嘩しているようにも見えた。
だから、二人が特に離れた生活をしていても心配もない。逆に喧嘩を仕掛けられなくなった父親の方が穏やかになった。
一人静かに生活するようになった父親は、どんどん穏やかになった。と言うか、元々穏やかな人なのに、母親に喧嘩を仕掛けられるから、うまく言い返せないため大声を出す。
もう何十年もそれのくり返しだった。
そんな生活を静かにしたのは母親の施設入所。
感情的になり周囲を巻き込む母親がいなくなり、実家は静かになった。
母親も、施設でいつでも誰かにかまってもらえる環境に慣れて、感情も落ち着いていた。
心配性の母親には、その後、父親が骨折をして三ヶ月ほど入院していたことは伝えなかった。
骨折で手術をしたため、杖が必要な生活になり、外へは出られない。
そこからの生活で、だいぶ父親が弱ったと思う。
急に病気の悪化。
更に見つかる病気。
突然、
しばらく会ってもいない父親の、もう長くは生きられない事実を知った母親。
最初は会うことを拒んでいたが、職員の方たちから最後だよ、と声をかけられ病院へ会いに行くことになった。
久しぶりに会う父親の姿にショックを受ける母親。
ベットに横たわり、すでに声も出ない。
それでも大きな声で話しかける。
手で一生懸命合図している姿に
「ショック・・・ショック・・・」
ずっと見ていられなくなった母親は「出よう!」
病室を出ようと言い始め、寂しそうに見つめる父親を見つめながら、まだ出たくなかったわたしは渋っていた。
その後、もっと会ってほしいと願うわたしの気持ちとは逆に、母親は行きたくない、と言っていると職員の方から伝えられた。
もちろん、これから気持ちに変化があるかもしれない。今は素直に現実を受け入れられないこともわかる。
ただ、本当の最後にも会わない選択をするかもしれない。
わたしの最後の願いがどうか叶いますように・・・