狭い地域での狭い人間関係と、問題解決への導きについて考える。
考えの幅が狭くなると、どうしても考え方に影響が出てしまう。
あらゆる角度から、物事を見る。
というのは、さまざまな視点から物事をみる能力が必要になる。
それなのに、問題の提起や課題を出すことはできても、どう解決するのかの提案が少ない。
大切なのは、問題をどう解決するか。
そのためには、行動範囲を広める必要があります。
そして、世の中にはたくさんの人がいる、ということを知る。
同じ人間関係を続けていては、現状維持になりやすい。
確かに楽である。
気心の知れた人たちに囲まれて、生き続ける、ということは。
「気ごころ」・・・
それは、本当に気ごころなのか。
本当の意味でのお互いを分かり合っている、と言う意味なのか。
小さな世界では、助け合いが必要になる。
ただ、その助け合いが度を越えたとき、人は自分を見失う。
そのコミュニティから外れたくない、という心理。
そこに執着するとどうなるだろう。
意識はそこにしかない・・・
そのメンバーから外されたくない。嫌われたくない。いい人と思われたい。
とりあえず一人になるよりマシ。
もともと世界が小さいから、逃げ場もない。
だからこそ、しがみついて生きていく。
大人になっても、そんな感じで生きてる人達がいるってこと。
そして、その世界では常に誰かが誰かのことを言っている。
いつか「自分」の番がくるかもしれない、という恐怖と戦いながら。
どうしたらいいのだろうか。
まず、視野を広げる努力をしよう。
それから、知識の量を増やそう。情報収集しよう。
なによりも、そこから少しだけ目をそらして他をみよう。
本当にその世界は生きやすいのだろうか。
本当にその世界は助け合いなのか。
苦しいときはないのか・・・
苦しさから目をそらして現状維持をしているとしたら、
安定感がない、と気づいてるのに無視してきたのなら、
少しだけ、目線を変えて、その他にもコミュニティを作ろう。
もしかしたら、他にも「おかしい」「変えたい」と思いながら、何も言えずその場の空気を読んで、同調している人がいるかもしれない。
同調圧力があるかもしれない。
ただ、圧力をかけてる人の割合よりも、「おかしい」と思っている人の割合の方が大概多かったりする。
その辺に、この問題の解決策があるのではないか。
何よりも、いつか必ず何かを変えなければ変化はない、ということ。
自分を変えてみることから、始めてみよう。
その人間関係は楽しいですか???